4関白宣言?流しの音楽哲学書

4関白宣言?流しの音楽哲学書

MC最後の章では、私が、柴又の寅にもなり、一人二役を務めます。

柴又の寅が、様なマドンナに出逢えるように、進行していきます。

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虎の巻腹巻について

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MC人間が、ある程度の状態でできあがるには、たんこぶが必要です。

目の上のたんこぶ或いは、タンスにゴンを活かせば良いのです。

それを含めた教育論、その虎の巻を、歌合わせで学びましょう。

幕末の開明思想家、佐久間象山の学習塾にて、そのための歌合わせが行われ、

柴又の寅は、ふらりと通りかかり、その席を、たまたま傍聴させてもらっている。

その虎の巻とは、自らの腰回りの腹巻のようなものだと、

寅が棚ぼた式に理解するイメージを拵えてみるのです。

会場五月さつき塾佐久間象山主宰銀座6丁目みゆき通り

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三名の男が着座する

壱象山先生、高弟にまず唱う

授かれば子らに望むは運慶や

きちんと考え満開に咲く

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弐長州の寅次郎、応えて曰く

ひとはみなたけ竹くらべとは知りつつも

塩ばい梅心得まず松ひと殴り

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参越後の虎三郎、次いで曰く

さりとてもうま味を出すとは常ならざる

夫婦のはぐくみ書への親しみ

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まとめ象山先生締めて曰く、

寅や、虎や、見事である。今宵の歌合わせは、まことに象印であった。

ともに子が生まれたら、今宵の虎の巻を活かし、厳しくも、

また、子をくるんでやり、腹巻をしてやるようにして、育てよ!肝要である

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吉田寅次郎小林虎三郎は、佐久間象山の高弟。

ともに塾内において、抜きん出た俊才で象門の二虎と形容された。

象山先生のまとめにより、子供を教育する上で、その虎の巻とは、

親の存在が、自らの腰回りの腹巻のような意味を持つことが、

象印の教育論だと、柴又の寅は理解することができた。

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MC後日譚。

柴又の寅は、あの夜の歌合わせにて習いしことをもとに、頼母子講の席を設けるイメージ。

あの夜の象山先生は偉大であり、寅は、自らは、まだまだ小僧に過ぎぬと理解した。

だから、象山先生も、寅の小僧の神様であった。

依りて、象印の虎の巻こそが、様なマドンナに出逢うための、

大きなヒントと寅は感じたのである。

その頼母子講の席は、巷では六歌仙と名高い、小公女らとともに催された。

そこでは、象印の虎の巻を学び合い、寅は、様なマドンナを探す機会になる。

その場は、あたかも狂言の舞台であった。

その夜、柴又の寅は、太郎冠者のようであった。

はじまりはじまり。

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静かに幕が開く

太郎冠者我は、象印の虎の巻を授かる。

依りて、お題は、我が腰回りの腹巻とす。

御手元、いや、お手並み拝見。

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壱小公女1曰く

意を得たりやがてわらわら母となる

其の要かなめとて二話庭こそ大事

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弐小公女2が歌を返す

然りにて庭にて運慶はぐくみし

わらわは求むさらなる駿はやお

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参小公女3がさらに歌で応じる

知りたきは殴りの加減いかにして

生まれしときはみな竹千代にて

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肆小公女4が珍句を歌う

ゾウさんの慕いし兄はキリンさん

バンビを育てし楽園のごとく

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太郎冠者我、実に感嘆す。簡単である。

いやはや、あの時分の歌合わせは五月塾にてであった。

トトロな歌心である。楽園という言葉に惹かれる。

象印の虎の巻とは、自らにとって、拾い物のようではある。

しかし、照らしてみれば、ここまでの流れ、皆が、長年探せし、マドンナに違いない。

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伍小公女5が珍句を継いでいく

さかりつく犬がきばむくたまたまに

深傷ふかでを負うてもわれ西郷に見まみゆ

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太郎冠者これは愉快。上機嫌である。成果なり。

麟太郎少年の股間に注目せし点、実に見事!

日本は、ご一新をなすに違いない。

象印の虎の巻、真骨頂はそこにあり!

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陸小公女6が歌で問う

われ望むキリンの庭の子守唄

バンビを育てしそのわらべうた

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太郎冠者であろうな。ならば、バンビを組み立てし、

わらべうたを御伽草子のごとくして、我がミツバチになり、舞い歌わん。

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ぶんぶんぶん村野四郎作詞ボヘミア民謡

ぶんぶんぶんはちがとぶ

だいじにはぐくみほんよみたいせつ

たこやきにならぬかも

あかしはねだしじると

こかんのあたりになやみをあたえる

パパママのおこのみね

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太郎冠者こんなもんであろう!腕白をしてしまった。

いや、我は関白、太閤秀吉なり。

それにしても、このように御伽草子にまとまれば、

教育論とて構えずとも、よろしかろう。

皆、マドンナである。お団子を一本ずつ差し上げよう!

いや、これはいかん。団子屋育ちの性分が、つい出る。

あくまで、棚ぼたに過ぎぬ。依りて、ぼた餅一個ずつである!

今宵の頼母子講は、実に趣深い。浪漫チックである。

人違いの関白宣言に、拍子木が鳴り、拍手喝采の中、幕が閉じる

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MCそれでは、最後にまとめです。

1象印の虎の巻をまとめると、になる。

湯家庭の中で、湯気三本昆布育み読書がよろしかろう。

このマークこそ、まさに象印魔法瓶のイメージなり。

2六歌仙のアイディアにより、とは、お鍋の中で、

かぼちゃのポタージュを作り、コトコトと湯気の中で煮込んでいくイメージなり。

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MCということでした。ご参考になさってくださいね。