紳士な象1

突然ですが、私は結構夢の力を信じています。

1話、2話が年をまたいじゃうかもしれないけど、突然思いついて話を書いてみることにしました。まったく想像の世界で、勝手に書いたので実際の現場はわかりません。趣味の世界です。いつも誤字脱字すみません

夢夢の持つスピリチュアルな力とか好きな方、良い初夢を見れますように

ーこの話はフィクションですー

咲さきは、大学卒業時点で就職先が見つからなかった。その後の3年間、思い切って海外留学をしたのだが、しかし、そのせいで新卒の枠を蹴ったせいでますます正社員の道は遠のいた。

派遣会社にも数件登録してあり、派遣で働き始めようかな、と思っていた矢先だった。文章を書くことにも興味も持っていた咲は、面接に行った小さな出版会社から正社員の職をオファーされ、そこに就職することになった。社長が立ち上げたばかりの小さなその会社は、マンションの1室を借りただけの畳の部屋が仕事場だった。

マンション失礼、職場は池袋線沿いにある。6階からの眺めはいいし、夜景も綺麗だった。それにしても、畳。大卒で留学までし、英語も身に付けたのに。いくら正社員?とはいえ、こんな小さな畳の部屋の英語も使えない仕事。留学した意味はなかったじゃないか。今頃は外資系のオフィスで綺麗なスーツでも着て働いていたはずだ。だが、実際は、畳でお茶出し。正座で座ることの方が多いから、服装もパンツというよりもズボンが多くなっていった。これで本当にいいのだろうか、戸惑いや焦りを感じながら、咲は日、ライターやお客様にお茶出しをしていた。

社員には、もう1人のはざま君という、実は同い年くらい?と誰かに聞いた。年齢不詳の男性もいた。社長は、ビジネスの才覚があり、多くのライターの接客をしているだけに社交性もあったし、普通に優しかった。しかしこの、はざま君という奴はものすごく感じ悪く、小声でぼそぼそと何でおまえが採用されたんだとかまあ若い女だからなというような悪態をつくのだ。

やっと見つかった仕事なのに。予定いや、理想かとはかけ離れた職場と、そのはざま君という奴が嫌で、いつまで続けられるか、とずっと憂鬱な気分を引きずったまま、それでもそれしかなかったからその仕事に通い続けた。

はざま君は、いつも黙と仕事をする。仕事を家に持ち帰り、朝方まで仕事をしているらしく、20代なのに既に髪の毛は1本もなく、なんだか一言で人間離れした気持ちの悪い存在だった。はざま君は、仕事はものすごくできるが、咲にとっては生理的にも受け付けない人だった。2人が顔を合わせば、はざま君は咲に悪態をつき、咲もムッとする、その繰り返しだった。咲も自分が事務経験というものがまったくない新人であると自覚していただけに、何も言い返せないでいた。

しかし、そんな職場も負けず嫌いの咲には悪くなかったかもしれない。咲は確かに自分が上に立つより上の人に囲まれる自分ができない環境の方がやる気が出るタイプだった。学べることはある場所だな、とは気付いたし、書くことは自体は好きだった。

それでも、咲にとっては、仕事ができないことと、はざま君という男の存在がどうしてもストレスだった。それを払拭するかのように、たまたま学生時代の友達に誘われて飲み屋に行ったことをきっかけに、金曜の夜は朝まで飲み歩くようになっていった。内気な咲だったが酒が入ると爆発的にはっちゃける。一緒にいた友人たちとは表面的には楽しい思いをしたけれど、深い話まではできなかった。咲はまるで行き場を失った壊れ物のようだった。週末は二日酔いと疲れで完全に寝込む。あまりにも不健康なストレスの発散の仕方だった。月曜の朝にはしゅんとしながらもそれでも職場には通っていた。

入社してから2年近く経った。未経験の咲がなぜそこまで仕事場に残ることができたのか、それは社長が彼女のことを若い女でそばに置いておきたかった、それだけだ、ということは気付いていた。咲は確かにアシスタントや秘書というよりは、社長のただのマスコットで、セクハラ被害などはなかったが、どこに行くにも隣に居させられた。対称に、はざま君は若かったけれど、実力を買われていた、ということはわかっていた。

そんな咲も少しずつ仕事に慣れた頃であった。色気付くようになってきて、もうちょっとアクセル踏んで頑張ろうって思ってた頃であり、仕事を楽しめるようになってきた頃でもあった。

ある日の事だった。何気ないルーティンワークで、はざま君の校正した文を読んでいた咲。長い文章の一文が目に留まって、咲きはその場に立ち尽くしたのだ。

たった一文だった。

一つ一つの言葉を何度もたどり返して、読み直す。

ああ、なんて美しい文章なんだ。

それは雷が落ちたようなインパクトだった。

それまでも、はざま君の作品は目の前にあふれていた。彼が上手なのは知っていた。でも、咲はその真の良さにまったく気づかないほど何もわかっていなかったんだ。

まさにインスピレーションだった。本当にこんなことあるんだって思った。ドカーンって震えがくるほどの。

それ以来、咲の何もかもが変わった。咲は仕事でコツを掴み、以前よりは流暢にこなせるようになってきた。それまで社長について勉強することが多かった咲。でも、はざま君には何かある。社長もすごい人だけど、社長を超えるずっと大きな物。そう、はざま君には才能があるんだ。

良い師匠を見つけるとは、こういう事だ。その時、咲はそれを強く実感した。

はざま君はそれ以降、咲に色教えてくれるようになった。2人の関係は穏やかになり、というか突然仲良くなってしまった。はざま君に突っ込まれて咲は笑い、2人で笑うようなこともあった。はざま君にとっても、ついに咲に認められたことは、ほっとしたのかもしれない。はざま君、全然悪い人じゃない。

まあ君にもそのうちわかるよという、社長のようなもったいぶった言い方を、はざま君は決してしない。はざま君はいつだってストレートだった。はざま君は要点を絞って、適格に指導してくれた。もっと上手になって欲しいって応援してくれているのもわかった。はざま君には人を育てるだけの余裕と器があった。それだけ彼は自分に自信があるんだ。運、才能だけじゃない、傍からみても彼は本当に努力している。

咲はそれまで、それ以上、社長との距離が縮まらないようにセクハラとかにならないように、できるだけモサっとした洋服を着ていて地味で真面目だった。社長も咲のことを、何も言わない大人しい子だと思っていたのだろう。しかし、何かを見つけると途端に夢中になる、夜遊びではっちゃける裏の顔を持つ咲だった。咲はその後、はざま君の才能に夢中になる。隙があれば彼の仕事を邪魔し、質問詰めだった。

咲はその時、何一つ自分に自信が持てなかったのだ。就職活動で仕事を見つけることができず、留学までしたのに就職もできず、こんな小さなマンションの一室の畳の3人だけの会社にかろうじて雇われ、安月給。それにただ若い女だけで雇われたことも知っていた。確かにはざま君を尊敬し、仕事の世界に乗り込む一方で、はざま君に近づけば近づくほど、積もり積もった劣等感は、ますます行き場を失くして咲を塞ぐようにも感じていた。

うまくなりたかった。そう、はざま君のように。

咲は焦っていた。突っ走り、周りがまったく見えていなかった。

その上、咲は、社長があまりにも小さな存在に思え始めたのだ。

社長は口が上手で社交性はあるが、仕事はそこまでできない人なんじゃないのか、と疑い始めた。実はこの会社は、はざま君がゴーストライターだから成り立っているだけで、つまり、彼の能力だけでここまできたのではないか。この小さな出版会社は少しずつ、でも着実に大きくなり始めていたのは事実だった。そこに、はざま君の名前は一切出なかったが。

社長は、もちろん咲とはざま君の変化に気付いた。社長は若造のはざま君を、思う存分使いながらも嫉妬していたのだろう。2人の変化をきっかけに、嫉妬心が爆発したのだ。

社長はそれ以降、豹変し、別人のように怖い目つきをし、2人に冷たく当たるようになった。ライターたちの前でも、2人を中傷して笑い物にすることもあった。小さな出版会社には暗雲が垂れ込めていた。

ある日の夕方、休憩でコンビニから帰った咲がマンションのエレベーターに乗ろうとしていた時だった。男性らが大声で何か言い争いをしているのが聞こえた。6階までたどり着き、それがなんと社長とはざま君の喧嘩であったことがわかった。ドアがバタンと開き、飛び出してきたのは、はざま君だった。半分泣いた表情で眼鏡がずれ落ちたはざま君。そこにいたのは小さな、たった一人の努力家の少年だったのだ。

はざま君は、失望の目で咲を見上げた。

オマエノセイデ

彼はそれ以降、職場には2度と現れなかった。

咲は呆然とその場に立ち尽くした。

まるで失恋のような。

彼には嫌われた、そう思った。

自分は何て愚かなことをしたんだ。

2人だけの職場になって、社長はしばらく咲にも冷たくあたっていた。咲も辞めようかなと思ったことも何度もあったけど、でもここまでやった仕事は辞められなかった。はざま君のおかげで仕事ができるようになり、スキルの上がった咲。社長はそれは評価していた。前のようなはざま君がいたときのようなパッションは消えつつもその後数か月は淡と職場には通った。社長には怒っていた。社長のせいではざま君は辞めさせられたのだ。そして社長は、はざま君を失った。

しかし、咲がそれ以上にずっと強く感じていた思いは、はざま君から拒絶されたショックだった。自分が至らないから、能力がないから、だから、はざま君には釣り合わなかったんだ。彼はこんな愚かな自分といて我慢していたんだ、そんな思いばかりにとらわれていた。嫌われた、ふられたんだ、と思っていた。

池袋線沿いの駅の、年末の慌ただしい雰囲気の商店街を歩く。ああ、今年も終わるんだ。咲は、はざま君を失った喪失感を抱えながら、ぼんやりとせわしく通り過ぎる人を見ながら駅に向かっていた。

そして、同じ路線沿いの武蔵野の実家で正月を過ごした。久に家族が集まったこともあり、一瞬、色なことを忘れた。両親は大学と留学費用を出しながらも企業に就職できなかった咲を責めることもなく、がんばっている咲を温かく受け入れてくれた。

懐かしい布団に埋もれながら、その日はぐっすりと眠ることができた。

1月2日、咲は夢を見た。

ー続くー

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